01_家を出た日が、わたしのリスタート
自由を求め続けた、わたしの原点
きゅーぶです。 00からの続き。
わたしは昔から、「自由」に対する執着がかなり強い人間でした。 好き勝手したかったというより、 自分のことを、自分で決めたかった。 たぶんその原点は、実家にあります。
今思えば、だいぶ管理家庭でした。 長女のわたしがやること・なすこと、だいたいダメ出し。
しかも、「自分の辞書にないもの」を認めないタイプだったので、 経験したことないもの、知らないもの、理解できないものは全部NG。
好奇心の芽はすぐ摘み取られる。
高校生の頃、英語を勉強したくて、 ホームステイの短期プログラムに行きたかった時期があった。
でも当然、そんなお金はどこにもない。
なので、近所の小料理屋さんに事情を説明して、 資金が貯まるまでバイトさせてもらうことにした。
高校生にしてはだいぶ行動力ある。 でも、なぜか3日で親にバレた。 どう調べたのかは謎。 そこから当然、怒られる。
「行かせてやるもんか」
「そんなの社会人になってから行け」
「お前の本分は学業だろ」
ホームステイも勉強なんだけどな… という感じで早々に試合終了。 わたしの興味・関心の芽は、 だいたいこうやって摘まれていた。
高校の時、バイト先の成人を超えた女子の先輩に遊びに誘われた時も、 「なんでお前を誘うんだ」 (誘いたいから誘うでしょ。理由いる?)
体育祭の打ち上げも、 「打ち上げなんか必要ない」 (お疲れ様会ぐらいやるでしょ)
今振り返ると、なかなかすごいパワハラ具合。 当時は笑えなかったけど。 しかも、わたしだけ厳しかった。 妹はわりとなんでもOK。
高校受験でわたしは、
「私立は受験しても行かせない」
「公立落ちたら働け」
だった。
なので、無茶な挑戦はできない。 行きたい高校も早々に諦めて、推薦でなんとか通した。
でもその後、妹が公立に落ちた時は普通に私立OK。
なんなの、この格差。
当時のわたしは、たぶんずっと思っていた。 「あれ?わたしだけ人生ハードモード?」 って。
だから、自由がほしかった。
自分で決めたい。
自分で選びたい。
誰にも止められたくない。
それが、わたしにとっては最大のご褒美だった。
そして、「自分で生きていける力をつける」ことが、 自分を守る武器になると思った。
たぶん今でも、その感覚は残っている。
フルリモが好きなのも、派遣という働き方を選んだのも、 根っこには「自由を失いたくない」がある気がする。
家を出た日は逃げた日でもあるし、
わたしにとってはリスタートの日でもある。
あの頃は、とにかく自由がほしかった。
でも今思うと、本当にほしかったのは、 「安心して息ができる余白」だったのかもしれない。
だから今、朝に白湯を飲んで、静かに働いて、少しずつ暮らしを整えている。 全部、あの日の延長線にある気がしている。
私にとって働き方を整えることは、 ただ収入を上げることだけじゃない。
自分で選べる状態を作ること。 安心して息ができる余白を取り戻すこと。
だから私は、派遣でも、裏方職でも、 自分の経験を“評価される実績”に変えて、 働き方を少しずつ自分の手に戻していきたいと思っている。
まあその後は、人生ジェットコースターどころじゃなくなるんだけど、 その話は02に続く。
「きゅーぶの余白を編む」を読んでいただき、ありがとうございます。
感じたことがあれば、コメントで教えてもらえたらうれしいです。





おはようございます。リスタートと言う単語に響きました。自分もあの日がリスタートと思える日があります。前を見つめて1つずついきましょう。